日本での幸せライフレシピ
ベトナムのコロナワクチン接種
ホーチミン市中心部にあるコロナワクチン接種会場前の路上。つい最近のことだ。刺すような日差しの下、長蛇の列の中に、市内の外資系企業で働くハンさん(30代、女性)がいた。
行列の前後から、しきりと「今日の注射はやめた方がいいかもね」「そうだね。無理しなくてもいい」という声が聞こえてくる。ハンさんが不思議そうな顔をしていると、列のどこかからか「今日は中国製らしい。明日は違うようだ」という声が飛んできた。
「明日にしよう」。ハンさんはそう考え、列を離れた。
翌日、会場を再び訪れたハンさんは、ワクチンの製造国を医療スタッフに聞いてから注射を受けた。その日のワクチンは英アストラゼネカ製、前日のワクチンは中国シノファーム製だったという。ハンさんはアストラゼネカのワクチンを選択した。
ベトナムでは今年8月から9月にかけ、一日あたりのコロナ新規感染者が1万人を超える日が続き、医療態勢が逼迫し、大混乱となった。ホーチミンやハノイ、ダナンの主要都市を一部ロックダウンし、外出規制をかけて人の往来を制限したことは記憶に新しい。10月に入り、1日あたりの感染者がようやく3000人代まで下がったと思ったら、同月末から連日5000人を超える水準に戻ってしまった。
ベトナム情報サイト「VIETJO」11月5日付配信記事によれば、前日時点のワクチン1回目接種終了は5880万回分、2回目は2607万回分に上るという。人口(9762万人)比で見れば、国民の6割が1回目を終了、2割強が2回目を終了した計算になる。それでも、コロナ禍再燃の兆しなし、とはいえない状況だ。
ここ最近の感染者の所在地をみると、ホーチミンやハノイ、ダナンなど大都市に限定しているわけでなく、全国的に散らばっている。フーコック島やハロン湾など世界的な有名観光地でのパックツアー再開で観光客のインバウンドを検討していたベトナム政府や地元人民委員会は、忸怩(じくじ)たる思いだろう。
一方、日本国内の急激な新規感染者減少の理由は、専門家の間に①ワクチンが有効だった②ウイルスが増殖のためのコピーを繰り返すうち、感染力を減少させた③日本人はマスク生活をいとわない④アジア人固有の免疫力(ファクターX)のおかげ――など、諸説ある。①については異論などないに等しいが、ならば、④については、まだまだ分からないことが多い。
摂取率向上のため、ベトナム政府は英、米、露、中国、キューバなどからワクチンをかき集めている。ところが、中国製の有効性については、米メディアがしきりと「中国製ワクチンを使う国で感染が拡大」(CNN)、「高齢者の半数が抗体反応ゼロ」(ニューズウィーク)と疑問視する報道をしている。Facebook人口7000万人といわれるベトナムで、中国製ワクチンの効果について市民はとっくに「耳にタコ」状態だろうし、前述のハンさんも「(初日に)打たなかったのは、中国製だったから」と周囲に語っている。
ベトナム駐在歴の長い日本人経営者は「ベトナムは元々、中国に対する国民感情はよくないお国柄。仕方なく中国製ワクチンも輸入せざるを得なかったとしても、市民感情としては、使いたくないのが本音です」と話す。
中国製ワクチンの有効性と摂取率、感染者の推移についての相関関係は不明なので、軽々に論じることはできない。けれども、国中で力を合わせて摂取率を上げていくこと以外、新型コロナウイルス感染症の勢いを止めることは難しい。それだけは確かだと思う。
筆者が最後にベトナムの空気を吸ったのは、新型コロナウイルス感染症が広がり始めた昨年2月。ハノイで旧友と地ビール「ビア・ホイ」を飲みながら「できれば、来年(2021年)は何度もハノイに来たい」と言って別れた。約束が果たせないのはコロナのせいだと分かってくれてはいるだろうが、互いの憂いを面と向かって共有できないことは、辛い。
のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・