日本での幸せライフレシピ
お土産と宿題
ベトナムのファム・ミン・チン首相が11月22日に急きょ、実務訪問賓客として来日した。日本の外務省によれば、実務訪問賓客とは「交渉の推進,安全保障の強化,政策協調等に役立てることを目的」としたお客様だそうで、岸田文雄首相が就任して初めて迎える首脳級の賓客となった。菅義偉前首相が昨年10月、就任後最初の外遊先としてベトナムを訪問したことを思い出した方も多かっただろう。日本とベトナムの関係が太く、強く、揺るぎないものになりつつあること示す訪日となった。
滞在中、チン首相は岸田首相や岸信夫防衛相、公明党の山口那津男代表、日本ベトナム友好大使を務めた俳優の杉良太郎さんら官民の要人と会談し、日程をこなした。民間投資に関する覚書等の交換45件と、経済協力案件の署名2件、官民共同の新型ワクチン開発に関する合意を取り付けた。気持ちよくハノイへ戻ったことだろう。
チン首相が岸田首相と会談する様子をテレビで見ていて、ベトナム戦争中、国際世論に米国の蛮行を訴え続けた旧北ベトナムの首脳たちのことが頭によぎった。キッシンジャー米大統領補佐官との秘密交渉を担当したベトナム共産党の重鎮、レ・ドク・ト氏▽ディエン・ビエン・フーの戦い(1954年)で仏軍を破り、変幻自在の戦法で「赤いナポレオン」と称された元副首相のボー・グエン・ザップ氏▽統一ベトナムの初代首相で、汚職追放に生涯をかけたファム・バン・ドン氏らのことだ。
ベトナムでは歴史上、しばしば、驚異的な交渉上手が現れ、救国の英雄となった。そういうお国柄で、さて、チン首相はどうか。このタイミングで首相としての初訪日を実現した点は、巧みな外交センスを感じるし、テレビで見る限り、立ち振る舞いは上品で、嫌みもない。ベトナム外務省関係者に聞いたところ「直前まで訪日を知らなかった」という返事だったが、そんなはずはあるまい。国のトップが外遊する以上、それ相応の「お土産」をもらえなければ、外交としては失敗の烙印を押されてしまう。きっと、最大の成果を得るタイミングを測っていたのではないか。
そうだとすると、チン首相が来日して得た最大の成果、つまり日本から渡された「お土産」の中で、ベトナム国民が最も喜ぶものは何だろう。
話が飛ぶ。
これまで日本からベトナムに送られたコロナワクチンは408万回分で、今回の合意によりさらに154万回分を供与することになった。11月に入り、ベトナム国内は連日、1万〜1万3000人規模の新規感染者が発生。11月8日付小欄「ベトナムのコロナワクチン接種」でも紹介したように、ベトナム国内では、中国製やロシア製より、欧米製ワクチンの方が人気である。日本がベトナムに中国製やロシア製のワクチンを送る可能性は低いだろうし、オミクロン株という感染力が非常に強い新型が注目されている時期でもあり、 国民には良き「お土産」と映っただろう。
ベトナム国営テレビ「VTV」から筆者に、今回のチン首相訪問をどうみるか、取材要請をいただき、お答えした。大きく分けて、①中国・安全保障問題②経済・在日ベトナム人問題③新型コロナ問題、の3つの順番でインパクトがあったものの、両国が手をつないでコロナ禍を乗り越えようと意思表示をしたことは、非常に大きな意味を持つ、という主旨のお話をした。そして、日本とベトナムが一緒に中国の覇権主義と対峙し、コロナ禍と向き合う時代になったことの意義を述べ、コメントを結んだ。
岸田・チン両氏の共同声明には、実はもうひとつ重要なくだりがある。日本人が足元の経済をどうやって立て直し、未来をつくっていくかを占う「ベトナム人技能実習生を取り巻く環境整備」という2国間の約束だ。悪質業者を排除するだけでなく、ベトナム人に対する構造的な差別を解消してほしい、という切実な思いが声明の行間に流れている。日本は重たい「宿題」をもらった。
足を運んでくれたのはチン首相なので、日本の方が豪華な「お土産」を渡すことは国際的な礼儀として仕方あるまい。でも、共同声明でうたった以上、反故にすれば国際的な大ウソつきになる。経済界や労働界に、その難しさをきちんと理解している人は、どれだけいるのだろう。
のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。https://www.nhatviet.jp/