A Recipe for a Happy Life

日本での幸せライフレシピ

医食同源 Vol.2

筆者は元難病患者だ。いや、正確に言うと、きっと元患者で、ひょっとするといまも患者の可能性あり、という位置付けに近い。医者から「寛解です」と診断されたことがないので、こういう言い方しかできない。

小生のかかった病気は、ギラン・バレー症候群という。女優の故大原麗子さん、タレントの故安岡力也さん、外相や環境相を務めた川口順子さんら著名人が闘病生活を公表したことで、名前が知れ渡った。免疫不全で末梢神経がやられ、手足に力が入らなくなったり、食べ物を飲み込めなくなったり、ひどいときには呼吸筋が止まったりして死ぬこともある。

筆者は2008年9月に発症した。ハノイから戻って数日後、急に手足が動かなくなり、ろれつが回らなくなった。「重い風邪かな」と軽い気分で病院に行ったら、即入院。主治医から病名と今後の治療方針を告げられ、事態の深刻さが分かった。

10万人に約2人の割合で発症する。多くは、治療開始が早ければ、数カ月の闘病生活で完治する。筆者の場合、1年間の休職、リハビリで一度は社会復帰できたが、2015年に再発、2017年に再々発し、途方に暮れた。通院していた千葉大付属病院の神経内科には「こちらでは根治できないので、かかり付けのお医者さんに紹介状を書きます」という言い方で治療を止められた。同病院は近畿大付属病院と並び、国内ではこの病気の権威ということになっている。専門家の中の専門家に、筆者は見放されてしまったわけだ。

捨て鉢になるのを何とかこらえ、いろいろ考え、あれこれ思い出した。西洋医学と東洋医学の両面で治療してくれる病院がハノイにあるーー。すぐ、ハノイに電話した。

友人にすべてを打ち明け、病院の電話番号を教えてもらった。わらをもすがる思いで日本からコールすると、「身体が動くなら、受診できます」。そうして訪ねたのが、ハノイの中心部にある「国立伝統医学病院」だった。2017年9月のことだ。

タ・トゥ・トゥイー先生の受診室。ここで診察を受けた
(2017年9月/筆者撮影)

主治医のタ・トゥ・トゥイー先生は、アポなしだった初診の際、発症からこれまでの症状、健康状態、治療方法、服用した薬、日本で最後に治療した千葉大病院での様子など、約40分にわたり細かく尋ねた。「日本の医者に見放されたんですが、私は治るんでしょうか?」と、ほとんど涙目の筆者に対し、「ギラン・バレー症候群の患者さんを何度か診たので、大丈夫よ。漢方薬を出すので、まず1週間、飲んでください。何かあったら、また来てね」と笑顔で答えた。

言われるまま、煎じ薬を1日3回、7日間きっちり飲んでみた。飲み始める前は太ももの奥にあったザワザワ感が、いつの間にか消え、足の運びがスムーズになった。帰国後、ほぼ同じ薬を日本国内で調達できることも判明した。以来、3年半以上、毎日欠かさず飲んでいる。その後、4回目の発症はなく、奇跡が起きた、としか思えない。

トゥイー先生から処方された煎じ薬。ビニールにパックしてあり、湯で温めて飲む
(2017年9月/筆者撮影)

一方、薬を処方してくれる日本の漢方薬局の方々は医師ではないので、筆者に「寛解」を告げる医療行為はできない。でも、筆者の手足はいま、きちんと動く。剱岳や八ケ岳に登っても、何の問題もない。なので、冒頭に書いた通り、筆者の身体は東洋医学的に「きっと元患者」で、西洋医学的には「ひょっとするといまも患者の可能性あり」というくくりになるわけだ。

2019年9月、筆者はトゥイー先生を再訪し、「きっと元患者」として社会復帰できた御礼を申し上げた。またもアポなしでやってきた筆者に、トゥイー先生は「よかった。それが私たち医師の使命です」と微笑んでいらした。いまも感謝は尽きない。

漢方薬についてはとかく、①体質に合うとは限らない②効き目が出るまで時間がかかる③保険適用が限定的――といった話がつきまとう。実際、筆者に効果てき面だったからといって、すべてのギラン・バレー症候群患者にも同じ効能を期待できるかどうか。これは症例を積み重ねていくしかない。

でも、少なくとも確実に言えることは、西洋医学に見放された患者を救済する薬が、ベトナムには存在する。筆者の身体そのものが、そのエビデンスだと思っている。

薬を調合する国立伝統医学病院の薬房 (2017年9月/筆者撮影)

◆トップ画面:筆者がギラン・バレー症候群の治療を受けた国立伝統医学病院 (2017年9月/筆者撮影)


のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。

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