日本での幸せライフレシピ
美容 Vol.1
かれこれ20年ほど前、とある経済誌の応援取材でハノイに滞在したときのことだ。
いわゆる「接待を伴う店」に客人と訪れた。知人の紹介で、初めて入った店だった。カラオケで盛り上がったところで、隣に座ったホステスさんから相談を受けた。漆黒のストレートヘアを腰近くまで垂らした、色白の美人だった。
「日本の化粧品が欲しいんです」と言うので、一見の客にいきなりおねだりかと思ったら「化粧品くらい、自分で買います。日本製が欲しいけど、高くて手が出ないんです」とため息をつく。意味を測りかねていると、「お店を2軒任されているのに、安物しか買えないようじゃだめだから」と、真顔でホステス論を語り出した。要は、プライドの問題、ということらしい。
下手なベトナム語をまくしたてる日本人がよほど珍しかったらしく、主賓(客人)そっちのけで彼女は筆者に話しかけてきた。応援取材の趣旨は、経済発展を始めたベトナムの消費者動向、というお固いテーマだったが、とどのつまりは「ベトナム人の買い物はいま、どんな感じ?」。急きょ、このホステスさんから店の中で、若い女の子のコスメ事情を聞くことにした。
聞けば、当時、ハノイっ子に人気の化粧品は、仏製、米国製がダントツで、次いで日本製、韓国製、タイ製が続き、国産の安い化粧品は、支持・不支持に分かれていた。このホステスさんは完全に不支持派で、口紅やアイシャドーなどいつもは韓国製、ときどき日本製、ごくたまに欧米製を買うとのことだった。
日本人の持つベトナム人のイメージとして、小麦色の肌をイメージする方は多いだろう。でも、ベトナム女性の伝統的価値観としては、濡れたように光る漆黒の髪と、透き通るような白肌こそ「わが命」である。例えば、伝統的なヘアケアとして、黒髪を強い紫外線から守り、キューティクルを保護するため、黒豆の煮汁でリンスすることの大切さを、母親たちは娘たちに伝えてきた。市販品を買えなくとも、生活の知恵で女を磨いてきたわけだ。
ダナン市内のホテルで働くファンさん(26)もツヤツヤの長い黒髪がご自慢で、「あまりおカネはかけないわ。髪のためには、暴飲暴食に気を付けて、夜更かしもNGね」と話す。2年前に一度、無理をお願いし、1本にまとめた髪の束を持たせてもらった。栄養たっぷりなのか、ずっしりと重く、吸い込まれそうなほど黒々と光っていた。
白肌の維持については、もっと簡単だ。日に焼かず、シミにならないようにするには、日に当たらないことが一番。真夏でも長袖の手袋を付け、顔を覆い隠すほど大きなマスクやサングラスという出立ちでベトナム女性がバイクにまたがる姿は、いまやベトナムの「象徴的風景」だ。
ホーチミン市内の翻訳業、ランさん(39)=仮名=も常時、完全防備の姿でバイクに乗る。一度「暑くないのでしょうか」と愚問をぶつけたら、「暑いに決まっているでしょ!」と、笑いながらお叱りを受けた。ランさんに限らず、ベトナムの女性は大概、日焼けしてシミが残るより、「長袖長ズボン」で汗まみれになることを選ぶ。
温暖化の影響か、ベトナムでも日照や紫外線の激しさ、厳しさは昔より深刻になっているようで、美白効果が高いとされる某日本製化粧品は大人気だ。とはいえ、安い買い物ではないので、お土産に持って行くと、どんなおばちゃんでも子どものように喜んでくれる。
価格面では、いまや韓国製も堂々、高級化粧品の仲間入りをしつつ、シェアを広げている。これには、K−POPやテレビドラマなど韓流文化の浸透が大きく影響していると思う。隣国同士の政治的ないがみ合いはもう勘弁してほしいが、こういう競争は盛り上がっていい。
美と健康のため、ベトナム人が愛用するものの効用について、次回以降、ご紹介したい。
のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。