日本での幸せライフレシピ
ベトナムの昼寝
ハノイで貧乏学生をしていた頃、革ジャンを売る店が多いことに驚いた。「こんな暑い国で革ジャンもなかろうに」と思っていたら、年の瀬が近づくに連れて理由がよく分かった。年がら年中暑い南部と違い、ハノイなどベトナム北部には四季がある。1〜3月には冷たい霧雨が降るので、市民はよく風邪をひく。筆者ものどをやられ、ブラックマーケットで安い抗生剤を買ってしのいだ。旧正月(テト)前後のハノイでは、底冷えする日が何日かある。
それが4月になると一転、春を通り越し、夏の日差しと猛烈な湿気がやってくる。最高気温は30度超、湿度も100%近い。街ごとサウナ風呂にどっぷり浸かったような蒸し暑さに見舞われ、食欲が細り、体長を崩す市民は少なくない。暑さに強いベトナム人とはいえ、生身の人間である。
当時の住まいは、「ゲストハウス」という名前が付いた木賃宿だった。エアコンは部屋に付いているものの、「オン」か「オフ」のスイッチしかなく、たまに付けたまま寝てしまうと身体が芯から冷えてしまう代物だった。熟睡できず、寝ぼけまなこで授業に行き、ろくそこ先生の質問に答えられずに怒られ、灼熱の日中をとぼとぼ歩いてゲストハウスに帰ると、またエアコンを付けたまま寝てしまい・・・・・・という悪循環を繰り返した。エアコンを付けなければ、部屋はすぐサウナ風呂に変わってしまう。ひと夏で、ズボンのベルトの穴二つ半くらいやせた。
このままでは間違いなく身体を壊すと思い、行きつけの人民食堂(コム・ビン・ザン)の女将に暑さ対策を聞いた。「ほら、これ食べなよ」と言いながら出してきたのは、小さめの青唐辛子数本だった。隣のテーブルを見ると、ベトナム人夫婦が我が子に同じ青唐辛子をちぎって食べさせている。「子どもが食えるのなら、そんなに辛くないのかも」と思った自分が浅はかだった。
パリっとかじったら、口の中が発火しそうな辛さで、次第にしびれも襲ってきた。しばらく口の中に何も入れられず、ベトナム人の消化器系は特別なシールドかバリアで保護されているのかと半ば本気で思った。
唐辛子の主成分カプサイシンには、身体を温めたり、発汗で身体を冷やしてくれる効能があるとはいえ、ベトナム人だって毎食毎食かじるわけにもいかない。そこでカプサイシン摂取の代わりとなる全国民必須の生命維持活動が、昼寝(シエスタ)というわけだ。
仏領インドシナだった時代、高温多湿の気候に不慣れなフランス人たちがコックリコックリしているのを見たベトナム人たちは、シエスタの効用を学んだと言われる。医学的にも、日中20〜30分程度の昼寝は脳の活性化を促し、労働生産性が上がることが立証されている。ベトナム人の場合、疲れたら昼寝して脳をブラッシュアップし、また仕事に戻ることを自然の振る舞いとしてやっている。ベトナム国内には、昼寝を奨励している企業も増えていて、昼休みにオフィスのフロアに堂々とマットレスを敷き、横になっている会社員の写真がSNSを飾ることも珍しくない。
なので、もし、ベトナム人の同僚が会社でウトウトしたり、スヤスヤ寝息を立てているのを見たら、日本人社員の皆さんはぜひ、寛大な気持ちで接してあげてほしい。中には、前夜飲み過ぎたり、幸せな時間を過ごしすぎた場合もあろうし、本能の赴くままに寝ていることには間違いないのだが、昼寝中の彼らの脳は、間違いなくリフレッシュされている。それで経営的にも好結果につながるのなら大歓迎ではないか。
日本ではまだ、勤務中にオフィスでウトウトしていると、白眼視される傾向が強い。でも、温暖化の進展で日本は世界にもまれな「豪雪地帯のある亜熱帯島国」へと変貌している。ここ数年の東京や大阪の夏の暑さは、もはや殺人的だ。 ベトナム人にならい、ひとつの働き方改革として昼寝をお勧めしたい。コロナ禍のストレスも少しは吹っ飛ぶのではないかと期待している。
◆トップ写真:
金庫を抱えたまま眠る靴屋の売り子さん (2015年7月、ハノイ市内で筆者撮影)
のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。